午前11時過ぎ。鉄の塊は清々しく飛び立つはずだった。
新たな旅立ちにこれほど相応しく、気持ちの良い空はないだろう、と思えるほど、真っ青な大空に向かって。。。願掛けにも完璧に似合う空だった。
ところがそれから6時間後、私は空港近くのヒルトンのバスタブに熱い湯を張って顎まで湯に浸かることとなる。思いがけないショートトリップ。
機体が離陸準備に入り滑走路を走り出したが、いつものあの飛び立つ直前のグインッとしたエネルギーの威力を感じないまま、あれ?引き返している。???
「4つ目のエンジンに問題を見つけました。補修作業のため、しばらくお待ちください」と機長の声。
しかし作業が難航し、2時間後にその飛行機は欠航となる。やれやれと溜息をつく人。早速携帯で親近者に電話し大きな声でダラダラと不満をぶつける人。。。たしかに予定が狂うのは甚だしいけれど、でも、事故が起きるよりはずっとましではないかと思うのだけど…
つい数時間前に「出国」と押されたパスポート。その印しの上になんの躊躇もなく「無効」の赤い印。
預けたばかりの荷物がベルトコンベアーで押し流され、出鼻をくじかれた気分で、待ち人のいない到着口を出る。一体いつパリに帰れるの?とちょっと不安を胸に抱いても、もちろん誰もそんなことは分からない。ま、飛び立ってから帰らぬ人にならなかったことだけ心から感謝し、とりあえず指示に従い、一晩待つことに。
「もしもし」といったら「え?どうしたの?どこにいるの?」と驚いた声の主は、辺りが闇に溶け込んだ頃に、ケーキとキャンドルを持って、なんと、こんな辺鄙な成田まで駆けつけてくれた。すったもんだの誕生日を一緒に過ごしてくれる友人の存在。何度「ありがとう」と言ってもこの嬉しさを伝えるには十分ではないのがもどかしいけれど。本当にありがとう。
午後11時を過ぎた頃、「振替便の手配ができた」と連絡を受け、ようやくほっと胸をなでおろす。
スイス航空チューリッヒ経由からエールフランスのパリ直行便へ変更。時間は朝の9時30分出発。
翌朝は肌寒くどんよりと花曇。しかしグングンと上昇する機体が潔く突き抜けた雲の上はスカッと眩しい青空。
ま、こんなこともあるんだなぁと、シャンパンを飲みながら不思議な一日を振り返る。エールフランスは久しく乗っていなかったけど、ふと、そういえば初めてパリに来た時も、これと同じ時刻に発つ便だったなぁ。。。と思い出し、あの時に感じたこれから迎える新たな日々への不安と期待の入り混じった感覚も、同時に蘇ってきた。
すったもんだの3月21日。きっとこれは神様からの誕生日プレゼントだったに違いない。